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◇海外の個人製作家(ルシアー)への特別注文 ( レポート:Sleepy氏 )


 海外の個人製作家(ルシアー)への特別注文に類することを、これまでに二度、経験しました。一度めはウクレレです。通常のモデルにインレイを入れてもらっただけなので、厳密には特注というほどのことではありません。ハワイ在住のルシアーは、日本に暮したことのある人物で、日本人の思考回路をよく理解しており、初めてその種のやり取りを交わすには、願ったり叶ったりの相手だったといえます。彼のおかげで度胸がつきました。
 二度めは、セルマー型のギターです。このときの経験を中心にお話しします。長い文章になりますが、特注に興味をお持ちの方の、なにかご参考になればと思います。

 私が欲しかったのは、「愛用のマーティン00と同じ長さのネック」が、ボディに「14フレットでジョイントされた」「セルマー型」のギターです。
 14フレット・ジョイントのセルマー型は、通常、本家に合わせて670mmのスケールです。マーティンは645mmスケールです。わずか2.5cmの差ですが、これは7フレットあたりの1フレットぶんに相当します。私のような小柄な人間は、もともと手を無理やり拡げるようにしてギターを弾いていますから、この差が、いろんなフレーズにとって壁となります。
 市販品に、理想に近いギターを見たことがないでもありません。しかし持ち歩くのが恐ろしいほどの値段でした。私が欲しかったのは、日々の練習や屋外での演奏に惜しげもなく使えるギターです。

 市販品は高いので個人ルシアーに特注する、というのはまるであべこべですが、各メーカーが高級志向を強めている現在では、流通コストがかからない個人製作家への直接注文のほうが安上がりなことは、珍しくないようです。
 注文したほうが安いよ、という話は、先輩格のギタリストから聞いたことがありましたし、ウクレレでの経験から、ルシアー製作の楽器が、楽器店でずいぶん高く売られていることも知っていました。どういう事情かは知りませんが、ただルシアーの要求額に楽器店の儲けを上乗せしてあるのだとしたら、顧客は、自分の身に合わせてあるでもない楽器に、法外な金額を払わされてることになります。

【ルシアーを探す】

 ルシアーの多くはウェブサイトを持っています。セルマー型を作っているルシアーのサイトを探し、見られるだけ見ます。検索で出てくるものもありますが、ジプシースウィングや楽器を扱っているサイトのリンク集のほうが便利です。
 ウェブサイトを持っていないルシアーは、どこかと特約を結んでいるか、パソコンが苦手かでしょう。後者なら、以下のやり取りは通常の郵便で行うことになります。

【メールする】

 サイト上の写真や英文から候補となるルシアーを選び、臆さずメールします。サイトに価格を明記していないルシアーが多いのは、「注文内容によるので一概には言えない」からです。訊ねてみると意外に安かったりします。
 メールは、単純かつ簡潔なもので充分です。一例を記します。

××様
 私は日本に住むアマチュアのギター弾きです。あなたのウェブサイトで紹介されている××モデルにたいへん興味を抱いています。
 委しいスペックと価格をお知らせくださいませんか。
Dear Mr. ××
I am an amateur guitar player in Japan. I am very interested in model ××that is shown on your web site.
Could you give me informations of its specs in detail and price ?

 こんなもんで大丈夫です。このコピー・ペーストでも大丈夫でしょう(相手の名前とモデル名は入れてください)。
 基本にしたいモデル名は、具体的に記入しておくべきです。漠然と「あなたが作っているギターについてもっと知りたい」では、相手が返答の仕方に困ってしまいます。慣れない外国語でのやり取りでは、なんでも具体的に書くようにしないと誤解が生じがちです。

 用件のみで素っ気なさすぎると感じるなら、

 つたない英語ですみません。英語圏の人間ではないものですから。敬具
Sorry for my clumsy English. I am not English speaker. Best regards.

 とでも付しておくと、いいんじゃないでしょうか。

【ルシアーを選ぶ】

 早ければ即日、遅くとも数日以内に返事が来ます。この段で返事を書いてこないようなルシアーは、当然ながら相手にしても仕方がありません。
 日本人だとわかっていても、手加減なしの長文メールが来たりします。辞書と首っ引きで解読します。難しい単語や言いまわしを避けて返事してくれるルシアーも、もちろんいます。ルシアーの性格が見えてきます。

 難しいメールでも、楽器のスペックと値段くらいは読みとれるでしょう。多くの場合、いま注文してくれたら出来上がるのは……と可能な納期も明記してあります。
 これらのメールは、大手メーカーの場合のカタログのようなものですから、価格やスペックが気に入らなければ、わざわざ返事を出さなくても失礼にはあたらないと思います。下手に「いずれお願いするということに」なんて日本的な返事を出すと、誤解が生じかねないので気をつけるべきです。

 見積を出してもらうべきルシアーが絞れてきました。いっそう踏み込んだところの希望を打診します。私の場合は「マーティンと同じスケール」「14フレット・ジョイント」という二つが、残りの最低条件です。可能かどうか訊ねます。
 先方がスペック説明に書いてこなかったこと(例えば塗装。なに塗装、というのに欧米人は意外とこだわらないようです)も訊ねます。最初のメール程度のシンプルな英語で大丈夫です。

Thank you for the information about model ××.
Now I have new other questions about the model.
(以下、箇条書き)

 もっと安いのはないの? というのも、もちろん可です。「××モデルは私には高価すぎます。もっとリーズナブルなギターはありますか?」と明瞭に書くべきです。意外と、これは歓迎される質問のようです。どの装飾をなくせばいくら、どの材を変えればいくら、と親切に考えてくれます。

 判断材料が出揃いました。たぶん、どのルシアーも一長一短です。店頭での買いものと違い、肝心の商品を見ることもできません。あとは勘のみです。ネットや口コミでの、そのルシアーの評判は参考になるかもしれません。しかし私の場合、ネットでもほとんど無名の、オランダのルシアーの好印象に賭けてみることにしました。

 何度もメールを交わして、やはり頼まないと決めたルシアーには、さすがに断りのメールを出しておくべきでしょう。これも、「考えた末、今はまだあなたのギターを買わないと決めました。いつか買える時が来たら、またご連絡します。ご親切に感謝します」といった、はっきりしたメールがいいでしょう。

【細部をかためる】

「あなたに作ってもらうと決めました」と伝えれば、ギター製作に必要なデータは、むこうから訊ねてきます。アンケートに答えるように、順次答えていけば大丈夫です。

 私が頼んだルシアーの場合、ネックの寸法(dimension)に非常にこだわり、事細かに訊ねてきました。スケール以外の、幅や厚みや形状についてです。ネック幅や厚みといっても、すくなくともナット付近と12フレット付近の二箇所を指定せねば、ネックの形状は決まらない、ということを初めて意識しました。
 マーティンのネックを計測した数値に加え、「他にネックが気に入っているギターには、リッケンバッカーとテレキャスターがある」とも伝えました。「あなたは幅が狭くて厚めのネックが好きなようだから、そのように作りましょう」との返事がきました。

 寸法を伝えるための英語には、けっこう苦労しました。後になって、図に書いてファクスすればよかったのだと気づきました。誤解を避けるため、細かいやり取りは、なるべく絵や図面で伝えることをお勧めします。
 またこのとき私は重要なことを伝え忘れて、最後にちょっと冷汗をかきました。これについては後述します。

 木材もこの段階で確定します。といっても、アコースティック・ギターの場合、多彩な選択肢はありません。たまに特殊な材のギターも見掛けますが、珍しいという以上の価値はあまりないような気がします。その材の楽器が自分には必要、という確信がない限り、ルシアーが勧める材から選んだほうが、よい結果につながるでしょう。

 私の場合、サイドとバックは標準ともいえるローズウッド、トップは、クラシック・ギターによく使われるシダー(杉)にしてもらいました。どの材はどういう音、という確固とした見識はありませんから、なんとなくそれがいいと思った、というのが正直なところです。「よい選択です」との返事がきたので、ほっとしました。
 ネック材と指板材は、選択肢がある様子ではなかったので、問題にしませんでした。指板のエボニーはともかく、ネックはハードメイプル、とむこうが決めつけてきたのが不思議だったのですが、あとで、トラスロッドがないため堅牢な材であることが必須なのだとわかりました。

【意外な要素】

 日々ジャンゴの奏法を特訓するためのギター、という頭しかありませんでしたから、「ピックアップやアウトプット・ジャックはどうしますか?」という質問には、いささかうろたえました。しかし、ステージでも使いたくなるような楽器を作ってやる、ということだろうと良心的に解釈して、積極的に検討しはじめました。

 ルシアーからのメールには「ブリッヂにピエゾ・ピックアップを内蔵しますか? セルマー型のホールでは、サウンドホールに付けるタイプのピックアップは無理です」とありました。
 言われてみればそのとおり。楕円(oval)ホールでもDホールでもどちらでもいい、と考えていたのですが、正円(round)のホールを想定したあらゆるマグネティック・ピックアップが、どちらにも装着できません。

 マーティンでドラムなどと共演する場合、私は一貫してサンライズのマグネティック・ピックアップを使用してきました。サンライズの性能には満足しています。
 そこで、思いきって正円のホールにしてもらうことに決めました。そんなセルマー型など見たことがありませんでしたし(のちにウェブ上で、似た雰囲気の古い楽器の画像を見つけました)、ルシアーも「トラディショナルな見た目ではなくなるが、本当にいいんですか?」と確認してきたほどです。

 付随して、エンドピン・ジャックも付けてもらうことになりました。サンライズを装着すればすぐに音が出せるよう、内部に配線を延ばしてもらいました。
 ついでのついでに、ネック脇にストラップ・ピンを付けるようにも頼みました。私は立って弾くことに慣れているからです。

「ポジション・マークとサイド・ドットは、どこに入れますか?」という質問にも、ちょっと驚かされました。大量生産の楽器に慣れていると、それらは作り手が決めることと思いこみがちですが、考えてみれば演奏者のためのマークです。
 またルシアーの手間は、どんなポジションに入れようが同じです。

 どのギターを弾いているとき最もポジションに迷わないかを考え、やはり愛用のマーティンに準じた配置で頼みました。ちょっと変わった配置です。さらに、ジャンゴにはハイ・ポジションでの演奏が多いことを思い、そのちょうど1オクターヴ上にも入れてもらいました。私にとっては機能的な配置で、出来上がったギターの気に入っている部分のひとつです。

 裏話をすれば、それらを指示した文面をルシアーがメモし間違えて、いったん違ったふうに入れてしまったのです。その事実を私は、彼が送ってきた経過報告の画像から知りました。急いで訂正を要求するメールを出し、先方も誤解に気づいて直してくれましたが、完成した楽器をよく見ると、うっすらと修正の跡が見えます。
 今となっては笑い話です。今は、その修正跡にすら愛着を感じます。

【インレイを注文する】

 以上はすべて、最初にルシアーが伝えてきた基本料金内の話です。サイドとバックを、最も安いマホガニーではなくローズウッドと決めて以降、楽器の価格は1ドル(支払いはドル立てでした)も上がっていません。楽器は、演奏者のために作られるものなのだと、改めて知らされました。
 もっとも、さまざまな既製品を弾いてきた経験がなかったら、私はルシアーにどんな希望も言えず、どんな質問にも答えられなかったでしょう。

 なんにせよ、頭のなかのギター像はもはや、どこから見ても「特注」の状態です。世界で一本の楽器です。逆に欲が出てきました。
 彼のウェブサイトには、セルマー型ではない楽器の写真もいくつか掲示されていました。正円ホールの楽器のなかに、非常に魅力的な、六角形を二重に組み合わせたサウンドホール・インレイを持つ楽器を見つけました。「あのように作ってもらえますか? お願いするとしたらコストはどのくらいですか?」という質問のメールを送りました。

 さらにもうひとつ、悪戯心を起こしました。かつてハワイのルシアーに頼んだインレイは、一文字の漢字でした。指板の端(ウクレレではピッキングのポイントにあたるため、しばしばフレットが打たれません)になにかを入れてもらいたかったけれど、日本人の自分が英文字を頼むというのには、抵抗がありました。日本に暮していたという人だし、だったらいっそ、と漢字を頼んでみました。面白がって、喜んで製作してくれました。
 同様のインレイをテイルピースに木部に入れてもらうべく、今回のルシアーにも打診しました。ホール周りのインレイともども、「可能です」との答えでした。

 示された料金は、サウンドホール周りは70ドル、テイルピースは35ドルでした。ずいぶん安いと思いましたし、今でも思います。とりわけ前者は、二種類の木材とメキシコ貝を組み合わせた複雑なもので、日本のメイカーにでも頼んでいたら幾ら取られたことかと思います。

 結果から述べると、テイルピースのインレイに関しては、ある失敗が生じました。かつてウクレレの指板に入れてもらったのは、印鑑に彫るような篆字(てんじ)でした。
 そのときと同じJPEGファイルを、今回のルシアーにも送ったところ、彼が彫ってしまったのは篆字の脇にあった明朝体(普通の活字体)の漢字でした。欧文の活字体と筆記体ていどの違いと思い、かっこいいと思ったほうを選んだのでしょう。非はこちらにあるので、さすがに訂正は求めませんでした。
 漢字をろくに見たことのない人がそれを懸命に模したことで、遺跡の文字のような仕上がりになり、今は、これはこれで面白いと満足しています。
 しかし送られてきた画像を見た瞬間は、愕然としました。伝えるのは、必要にして最小限のことにすべきだとの教訓を得ました。

 伝統的なインレイ材について、一通りのことを述べておきます。

 メキシコ貝(abalone)、白蝶貝(しろちょうがい/mother of pearl)、しら木(pale color wood)、が三大素材といえるでしょう。
 不定形な模様があり、さまざまな色に見えるのがメキシコ貝です。華やかな印象になります。貝ボタンによく使われているのが白蝶貝です。白一色ですが、上品な光沢を放ち高級感があります。
 しら木のインレイはあまり見掛けませんが、素材が扱いやすいうえ効果絶大なので、ルシアーからも歓迎される提案でしょう。多くのルシアーはメイプルを使うと思います。磨いた木材にも煌めくような光沢がありますから、意外と地味な印象にはなりません。私のテイルピースの漢字インレイはこれです。ポジション・マークに使ったときの視認性も優れていると思います。
 黒真珠の母貝となる黒蝶貝(英語でなんというか知りません。black mother of pearlで通じると思います) という貝もあります。ルシアーが入手できるかどうかわかりませんし、色が黒っぽいので入れる場所を選びますが、メイプル指板の上や、あるいは広範囲に敷きつめてもらう場合には、面白い選択だと思います。

【協約書を交わす】

 代金の一部を仮納(deposit)させたうえで製作にかかるルシアーと、協約書(agreement)を取り交わすルシアーとがいます。このたびは後者でした。
 彼のサインの入った二通の文書(これまでに打ち合わせたスペックが書いてあります)が、郵便で送られてきました。私も二通にサインし、一通を送り返して、双方で同じものを保管する、という方法です。

【経過報告を見る】

 親切なルシアーで、製作中(in progress)のギターをたびたびデジタルカメラで撮影しては、画像を送ってくれました。目に楽しいと同時に、注文は通じているのだろうかという不安も解消され、ありがたかったと感じています。
 そういうサーヴィスに無関心なルシアーもいることでしょうが、製作過程を撮影して送ってくれ、と要求することは、注文主としておこがましい行為ではないはずです。その画像自体もよい記念になりますから、ダメモトで打診してみるとよいと思います。

 やり取りが暇になったこの段階で、私はひとつ、われながら面白いことを思いついて実行しました。彼のウェブサイトから取ってきた画像をフォトショップで合成して、自分のギターの完成予想図を作り、彼に送ったのです。
 雑な作品でしたが、これはたいへん受けました。のみならず、やり取りに誤解が生じていないかどうかを互いに確認する意味で、たいへん役立ったとも思っています。
 外国人には絵や図面、です。

 前述したポジション・マークの入れ間違いのあとは、先方も合成画像で「これでいいですか?」と確認してくるようになりました。そうじゃなきゃね。21世紀なんだから。

◎画像合成による完成予想図

◎ルシアーからの報告画像
ローゼット これが作業の第一段階。考えてみれば当たり前なんですが、ちょっと驚きました。
ボディ   ボディが形成された状態。納屋みたいなところ作業しているんですね。
全体(表) ネックが装着され、ギターの形に。指板のマークが間違っています。
全体(裏) 同じ状態を裏から見たところ。
指板    フレットを成形しているようです。
指板(合) マークの間違いを指摘したら、こうだっけ? と送ってきた合成画像。
音出し   塗装の磨きが終わり、初めて弦を張ったときの写真。
完成    完成!


【代金を支払う】

 まっとうなルシアーなら、楽器が完成したからといって即座に飛行機に乗せたりはしません。急激な気圧変化は、出来立ての楽器の状態を狂わせるからです。
 完成した楽器の安定を待っているあいだに、代金を支払います。

 クレジットカードでの支払いが可能なルシアーもいます。その場合は、メールで自分のカード番号と有効期限を伝えれば終わりです。電子メールの安全性に不安があるなら、ファクスを利用するといいでしょう。
 大半のルシアーは、自分の口座への振り込みを要求してきます。これも難しくはありません。相手が送ってきた、住所、氏名、銀行名、支店名、口座番号、それからお金を持って、最寄りの銀行に行き、ここに何ドル振り込みたいんですが、と言い、あとはむこうが出してくる書類の空欄を埋めるだけです。為替レートの計算もおこなってくれます。

 予想外の出費となりがちなのが送料です。このたびオランダのルシアーが利用したのは、民間の国際宅急便(shipping company)でした。
 わずか三日で届くこと、荷物がどこにあるか追跡できること、破損した場合の保証がしっかりしていること、などを思うと一概にはいえませんが、310ドルという料金を私は高いと感じました。通常の国際郵便なら、日数こそかかるものの料金は数分の一だったと思います。
「国際宅急便は高いと感じるので、普通郵便(general postal service)で送ってください」と伝えるべきだったと後悔しています。

 関税(custom)は、日本と相手国との協約によりますから、かかるともかからないともいえません。ルシアーが「20%くらいかかると思う」と書いてきたので、まさか、と思いつつ怯えていたのですが、けっきょく5%の国内消費税しかかからず、明細にも「関税0ドル」とありました。
 むかしアメリカでギターを買って、帰国している自分あてに送ったときは、運んできた郵便局員にけっこうな額を払ったと記憶しています。相手国によって違うとともに、時代によって流動的なものでもありましょう。税務署にでも問い合わせれば、あらかじめ把握しておくことができるかもしれません。
 ルシアーが書いてきた関税額は、ヨーロッパの国同士のものでした。高いんですね。

 最終的に、私が支払ったお金の合計は、25万円ほどです。
 楽器本体とケースで20万円弱、プラス当面の予備弦(アルゼンチーヌ6セット)、プラス送料、プラス消費税、です。
 日本の楽器店にある「使える」アコースティック・ギターの価格や、注文の過程が楽しかったこと、世界に一本しかない自分のためのギターであること、オランダに知己ができたことなどを思うに、とても安かった、と感じますが、「無銘のギターにそんなに払うなんて」と笑う人もいることでしょう。それぞれの価値観だと思います。

【楽器を弾く】

 最初のメールを出してから、四カ月後です。ちょうど先方がバック・オーダーを抱えていない時機だったので、最速でその日は来ました。
 配達人に消費税を支払い、新しいギターが私のものになりました。
 楽器は、ヒズコックス製の高級ケースに入っていました。ほかに、予備弦、ルシアーの名刺の束、ストラップ用のロック・ピン、弦高違いの予備ブリッヂ、もっと弦高が必要になったときのための同素材の薄板二枚、それから使用上の注意事項を記した手紙が入っていました。

 楽器を取りだして、その軽さに驚きました。
 チューニングをし、試し弾きをして、今度は音量に驚かされました。田舎の一軒家なんですが、初めて近所迷惑という言葉が頭をかすめました。これがセルマー型の本領か、と唖然としました。
 イフェクターを介しているような余韻たっぷりの音質も、生まれて初めての経験で、鳥肌が立ちそうでした。

 しばらく弾いていて、弦間の狭さが気になりはじめました。幅の狭いネックを注文したのは私ですが、その私にして、どうも隣の弦にピックが触れてしまいます。定規を片手に楽器のあちこちを計測してみて、ナット部での弦間は希望どおりながら、ブリッヂ上の弦間が、狭いギターの代表格であるリッケンバッカーとほぼ同等であることがわかりました。ジャンゴ風の演奏に不可欠な分厚いピックが、いっそうそれを狭く感じさせていたわけです。フレーズによっては弾きやすくもあるのですが、どうも違和感を拭えません。
 かつてギターに関するサイトで、セルマー型のギターは伝統的に弦間に差をつけない、という記述を読んだことを思いだしました。ルシアーは、ナット側が狭いものを希望しているなら、当然ブリッヂ側も狭いものを希望している、と思ったのでしょう。
 ブリッヂ上での弦間ピッチという大切な要素を指示し忘れた、私のミスです。

 その日のうちに調整しました。楽器に載っていたブリッヂは温存することにし、予備のブリッヂを紙ヤスリで削って、同じ弦高にしました。より高い弦高が必要になったら、付いてきた薄板を敷くか、ルシアーに三つめのブリッヂを作ってもらえばいいと判断したのです。
 ネックに対して自然な、自分にとっても自然な弦間ピッチを、何度もボディに載せては弦を締め、試奏しながら決めました。満足のいくブリッヂに仕上がりました。

 あとでいろんなギターの弦間を測ってみて、自分が決めた弦間が、ギブソンのチューン・O・マチックとほぼ同じであることを知りました。
 ルシアーに伝えていなかった事実をひとつ思いだしました。私にはレス・ポールを愛用していた時期があったのです。そういったデータはすべて伝えるべきだったと痛感しました。ルシアーの勘は、私に必要なブリッヂを察知したに違いありません。

 ともあれ作業の結果、私の新しいギターは、マーティンのスケール、リッケンバッカーかテレキャスターのような握り、レス・ポールのピッキングの感触を兼ね備えることができ、私のギター歴を寄せ集めたような楽器になりました。
 音色は、憧れてきたジャンゴのそれに似ており、愛用のピックアップを取り付けることもできます。

【いま思うこと】

 けっきょく重要なのは「感触(texture)」であり、装飾が与えてくれる満足度は、いま得ている満足のなかの、わずかな一部に過ぎない……と感じています。どんな「dimension」が必要か、という地味な問いかけに明確に答えられるよう、自分の演奏や経歴を冷静に分析することが特注を成功させる秘訣だ、というのが、このたびの経験から得た最大の教訓です。

 もしあなたが二つのギターが大好きで、どちらに合わせて注文するか頭を抱えてしまったら、迷わずその中間の数値で頼みましょう。これは重要なことです。
 新しいギターは、大好きな二つのギターを橋渡ししてくれます。新しいギターで練習している限り、古いどちらのギターでも、違和感なく練習中の奏法を試すことができます。どちらのギターを好きだという気持ちも、無にすることはありません。無にする必要はありません。
 あらゆるルシアーが、そういった細かな注文に応じてくれるとは限りませんし、妥協が、むしろよい結果を生むこともあるでしょう。
 私がいちばん言いたいのは、特注というと派手な部分に目が行きがちだが、真に特注すべきは、ぱっと見にはわからないような部分だ、ということです。

 Bergeijk氏に、安いシンプルな楽器を頼んだとしても、今とほとんど変わらぬ満足を得られたであろうと思っています。
 マホガニーのサイドとバックにし、インレイも頼まず、普通の郵便で送ってもらったなら、私が支払うべき金額は十数万円でした。大手メイカーを誹謗する気はありませんが、客観的なデータとして、これはヤマハやタカミネの中級品、タコマやテイラーの(通常サイズの)最低価格品と同等です。
 価格を問い合わせたところ、予算を遙かに上まわっていて絶句したカナダのルシアーの、もっとも高いモデルでも、日本円にして四十万円ちょっとでした。考えてみれば、それでもタコマやテイラーの中級品の価格です。
 しかし、どのルシアーも良心的な価格を呈示してくるとは、私には保証できません。

 いま楽器のために自由になる十数万円があったら、私は楽器店には行かないと思います。きっとBergeijk氏に「もう一本頼めそうだ」とメールすることでしょう。多少金額が足りなくても「なんとかならないか」と相談してみると思います。
 それはあくまで私の話です。店頭に飾られている既成のギターが、自分をどこかに導いてくれるかのような夢を与えてくれることを、否定しようとは思いません。有名ブランドのギターを使っている、という意識は、演奏への自信にもつながるでしょう。
 Bergeijk氏のギターには、製作者を示すインレイすらありません。ボディのなかにラベルが貼られているだけです。そこには「made for ××」と私の名前が書かれています。(2001.11.23)

(文中の価格はすべて2001年のものです。Sleepy氏へのご質問、Bergeijkギターに関する日本語でのお問い合わせは、Guest Bookにどうぞ)

Gerrit van Bergeijk Handmade Guitars