ジャンゴ・ラインハルトへのオマージュ
(Hommage a` Django Reinhardt)
ロマーヌを迎えたトーク・ショーと、貴重なジャンゴの秘蔵フィルム上映
2003年5月17日(土)会場:エスパス・イマージュ(東京日仏学院内)定員100名
[出演] ボリス・カーツ、ロマーヌ、伊東伸威
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ジャンゴ没後50年、ロマーヌ来日に伴い東京飯田橋の日仏学院にて
「ジャンゴ・ラインハルトへのオマージュ」と題されたトークショーが行われた。
私(伊東)は日仏学院そしてプランクトンからの依頼でこのトークショーに出演することになった。 客席と出演者全員に同時通訳のイヤホンがセットされていた。まずジャンゴにまつわる映像が上映された。 有名な動くジャンゴのJ'attendrai(待ちましょう)も含まれていた。 トークではジャンゴに関することをボリス・カーツ氏、そしてロマーヌが語り、 私は日本のこのジャンルの状況などを話した。 |
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ロマーヌの希望によりギターのワークショップ(参加型の講義)の時間が持たれた。
私は生徒役となった。私の友人のローラン・プリウール氏にもステージに上がってもらった。 まずロマーヌはジャンゴが2本指で弾いていたという驚きを伝え、少し実践してみせた。 そしてジャンゴの後期のLes Yeux Noirs(黒い瞳)のCDに合わせて演奏してみせた (口パクならぬ手パクで..このときは2本指ではなかったが!)。 |
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さてここから私への指示が始まったのだが通訳がなかなか難しい。
ロマーヌは色々と熱心に言っているのだが理解するのに手間取った。
一しきり熱弁が終わる頃やっと言わんとすることが飲み込めてきた。
ロマーヌはこんな内容を言っていた(たぶん)。「ジャンゴはこのLes Yeux Noirsのソロで
当時誰も知らない新しい試みをしていた。
このアドリブのライン取りは代理コードによるもので、
それは丁度ディジーガレスピーのナイトインチュニジアと同じコード進行で
インプロヴァイズされたものである。」
そして私にそのジャンゴがインプロヴァイズしたコードでのバッキングをしろと言っていたのだ。 |
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そしてロマーヌは最後にこんな内容を熱く語った。
「ジャンゴがやったのはジャズである。当時これを理解できるものは誰もいなかった。
現代においてもわかっていない人が多い。
ジャンゴの素晴らしさはその時代の先端を行っていたところにあり、
そこを正しく世に伝え、教育していかなければならない。」
そしてレディビーグッドを3人でジャムった。 その後また映画を上映しトークショーは終了した。 |
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その後学院内のブラッセリーにて演奏会が行われた。
これはジャン研に任されていた。適当にジャムやってロマーヌが来たら'Fill In Guitar'(ロマーヌの新曲)
で迎えようという段取りを考えていた。そしてロマーヌご一行が現れたので開始。
ロマーヌはとても真剣に見ていた。ソロを回して最後のテーマ、そしてエンディングの
転調ブレイク、、最も緊張の瞬間、ロマーヌもここだと言わんばかりに目を見開いて、、そして
見事にそれがキマり、これにはロマーヌもガッツポーズで大喜びでした。 ロマーヌは残念ながらジャムには加わらずすぐに引き上げてしまいましたが、 ジャムはその後も大勢のお客さんと共に和やかに盛り上がった。 |
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催し終了後もブラッセリーの外でジャム! |
| その後、関係者だけによるディナータイムとなった。リズムギターのヤヨ・ラインハルトは
子供の頃からリズムギターだけをひたすらやってきたそうだ。
ロマーヌはここでもやはりインプロヴァイズの重要性、そして速いだけの演奏はつまらないという
ようなことを語った。ジャン研については大い興味を示し、私に「君は日本の皆に正しい教育をし
ていかなければならない、まずはリズムギターからだ。」と言った。
ロマーヌはフランスで音楽学校をやっていることもあり教育には熱心だ。
ジャンゴの芸術−どう捉えるのが正しいのか?
人それぞれの受け止め方があるだろうけど、少なくとも正しいマヌーシュの奏法、
そしてインプロヴァイズ=ジャズであることは重要であり、超絶フレーズも欠かせない要素だと思う。 Nobutake Ito 画像はエミューさん、tanakenさんより頂きました。ありがとうございました。 本ページの画像及び文章の無断転載を禁止します Copyright (C) 2002 THE DJANGO REINHARDT SOCIETY OF JAPAN |